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読書感想文(52)『仏教と脳科学』

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年11月15日(月)14時54分21秒
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  『仏教と脳科学』アルボムッレ・スマナサーラ/有田秀穂(サンガ)

スリランカ初期仏教長老のスマナサーラ師と脳生理学者の有田氏による対談。日本では北方仏教の伝統宗派が非常に力を持っているし、またスマナサーラ師自体もかなり他宗教に対してラディカルな発言をしているので、決して日本で広く受け入れられている宗教者とは言えないけれども、それでも100冊以上の本を著し、そのうち『怒らないこと』は数十万部を売り上げている。一方脳生理学者の有田氏は「セロトニン道場」を開くくらいにセロトニン物質の重要性を説く、まあ「セロトニン信奉者」である。
有田氏は、瞑想は脳神経のセロトニン物質を増やし、心のバランスを保つとしと主張し、スマナサーラ長老も瞑想の効用を説くので比較的和やかに対談が進む。
ところが後半になって有田氏が、快に作用するドーパニン神経と、不安・不快に作用するノルアドレナリン神経と、二つをコントロールするセロトニン神経の3要素を組み合わせによって心の状態が決められるという「心の三原色」を提案し、しかもそれが仏教の「三毒」である「貪・瞋・痴」に比せられると説くから、話は全くかみ合わなくなる。そもそも仏教が諸悪の根源と説く三毒のバランスによって心が形成されるなんて理論を、仏教徒が受け入れられるはずがない。だいたいドーパミンの快と、「貪」の貪欲を混同するなんて問題外だし、人生は苦であるという命題を持つ仏教に、ドーパミンだのノルアドレナリンだのの効用を説いたって仕方がない。というわけでスマナサーラ師はかたくなにこの説を否定するが、有田氏はムキになって食い下がって「セロトニン、セロトニン」と念仏のように連呼するから、一体どっちが宗教者なのか分からなくなる。
有田氏のように化学変化によって感情が発生することが仮に事実だとしても、人間のあらゆる感情は、心のあらゆる作用によって化学物質の分泌を促すのである。その点を身落とすと、脳科学は「脳至上主義」に陥り、宗教はおろか、心理学や文学とも折り合いが付かなくなる。
 
 

読書感想文(51)ヤマダ電機の暴走

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年11月10日(水)20時35分28秒
返信・引用 編集済
  『ヤマダ電機の暴走』立石泰則(草思社)

ヤマダ電機の創業者・山田昇が前橋の松下系列の電気店から身を起こし、年商2兆円の家電量販店に成長させるまでの過程と現在を批判的に追った企業ルポ。批判的に書かれているが、当時画期的だったカラーテレビの色調補正サービスを行って売り上げを伸ばしたこと、メーカー支配の家電業界の中で値引きや商品の買い取り、店舗土地の買収を果敢に行ったこと、自動車での買い物客のためにピロティ式店舗をいち早く採用したこと、POSシステムの活用など、ヤマダ電機の成長の要因が垣間見える。「暴走」と言われるが、コスト・リーダーシップ戦略だって立派な戦略だし、バイイングパワーやスケールメリットを追求するために拡大路線を取ることだって決して間違っていない。POSシステムによる本社主導の売り場づくりだって、POSシステム自体が現場の販売状況をリアルタイムに反映させるものなのだから、氏の言うように現場主義の放棄とはいえないだろう。アフターサービスの弱み、ニッチ商品の切り捨てだって、コスト・リーダーシップを優先した戦略とも取れる。メーカーのヘルパーの問題だって、なにもヤマダ電機に限らず業界全体の問題だと思う。
正直にいって僕も個人的には、ヤマダ電機の激安戦略や挑発的な出店戦略は、はっきり言って大嫌いだ。ただヤマダ電機が業界一位の売り上げを挙げていることは厳然とした事実だし、とにかく一円でも安い商品を買いたいという客から支持されているのも事実だ。コジマやビックカメラなど競合店と繰り広げた「上州戦争」や「池袋戦争」によって、結果として「ヤマダは安い」というイメージを消費者に植え付けたのならば、やはり作戦勝ちである。
ただ気になる点は、郊外型店舗で成長してきた同社が、まだ一度として都市型店舗で勝ちパターンを築けないまま、中国を含めた拡大路線を続けているということだ。また山田一族の持ち株はわずか2パーセント弱でありながら親族経営を続けていること、外国人投資家の持ち株が6割近いというのもリスク要因だ。これまた個人的な意見だが、安売りだけでは長期的なファンは獲得できないような気がする。僕は買った後に後悔したくないから、店員の知識とか、アフターサービスとかがしっかりしていて、初めて「家電を買うならこの店」って思うようになる。

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ぷらざ倒産にみるフリーペーパーの栄枯盛衰

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年11月 1日(月)23時14分52秒
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  1か月以上前のことで恐縮だが、10月1日、佐賀市の㈱ぷらざが倒産した。経営者が県印刷工業組合の理事長を務めるなど、佐賀では老舗の印刷会社だった。
私は新聞社入社1年目に経営者の方にインタビューをした。前身は典型的な一般商業印刷会社だったが、地元商店街の疲弊、中央資本の大手流通の進出などにより地元企業のチラシの受注が激減、困った同社の営業マンは、地元のTVCMに出稿している地元企業に一社一社ヒアリングをし、広告媒体への不満を聞いた。すると地元の新聞媒体は赤旗や聖教新聞などの存在により全戸にリーチしない、また兼業主婦はチラシを一日しか保存してくれないなどの不満があるという。そこで同社長が考えたのはフリーマガジン「月刊ぷらざ」の発行。宅配なら全戸にリーチし、また兼業主婦も雑誌体裁ならばじっくり見てくれる。こうして生活情報誌「月刊ぷらざ」は佐賀市全域に根付き、社名も「㈱ぷらざ」へとCI変更した。
月刊ぷらざの成功例は同業の印刷会社にも伝わり、岐阜や茨城など全国に姉妹誌が発行され、「ぷらざ協議会」なる全国組織に成長した。僕が取材した2005年ごろにはリクルートのホットペッパーなどの成功によりフリーペーパーが費用対効果の高い広告媒体として一気に注目を浴びていた。まさにフリーペーパーは百花繚乱だった。
しかしフリーペーパーはすでに供給過多だった。次々に企業が参入しては、退出した。不況やネット広告の影響もあって、フリーペーパー協会である「日本生活情報誌協会」は業界の存続の危機を訴えるとともに、事務局事業も大幅に縮小した。フリーペーパーの需要を見越してA判の輪転機を購入した印刷会社は、まったく見込みをはずしてしまった。
「ぷらざ」の倒産は、印刷媒体の栄枯盛衰を象徴している。個人的に取材した会社なので特別残念であるが、理事長会社が倒産する時代であるというのも、なんとも先が恐ろしい。

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ストーカーと愛の殉教者

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年10月16日(土)18時19分41秒
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  タルコフスキー監督の映画「ストーカー」(密猟者の意)が1979年に日本で公開された時、まさかこの言葉が執拗に人をつけ回す変質者を意味するようになるとは誰も思わなかっただろう。言葉が排除の原理を生み出すことはよくある。1990年代に定着した「ストーカー」という言葉は、「おたく」とか、「ニート」といった言葉と同様、内向的な青年に対する人々の認識のパラダイムを大きく変えたように思える。もちろん人をつけ回すことは犯罪であるが、ラブレターを手に好きな同級生の通学路で待っている青年はかつて「純情な男」であったが、今は「ストーカー」という言葉一つで排除される。緒方直人が一目ぼれの小泉今日子にひたすら思いを伝える1993年のテレビドラマ「愛するということ」も、今観れば立派にストーカー行為として気持ち悪がられる。1997年には「ストーカー~誘う女」と「ストーカー~逃げ切れぬ愛」という二つのドラマが同時に放送され、ストーカーという言葉の一般化と人々の恋愛のパラダイムシフトに一役買った。
 もちろん僕はストーカー行為とは無縁なのだが、実はストーカーの男と一晩部屋を共にしたことがある。高校のあるクラスメートが一浪して僕と同じ大学に入学してきたので、お祝いに彼の下宿に行った。彼はまあ僕と同様クラスでも目立つ存在ではなかったし、高校時代ほとんど話したことがなかったのだが、話が盛り上がって、その日は夜通しで飲むことになった。そこで彼は好きな女性への自らの行動を語り始めたのである。彼は会話も交わしたことのない予備校のクラスメートの女性に一目ぼれし、告白したのだが拒絶された。そこまでならまだ不器用な奴だなあで済んだのだが、以降彼はストーカー行為を繰り返しているというのである。僕が驚いたのは、ストーカー行為自体はもちろんだが、そういった行為を、臆面もなく、むしろ誇らしげに語る彼の話しぶりであった。地下鉄の電車まで追いかけて腕を掴んだが振り切られたという話を「彼女の力って結構あるんだなあ」とか、「今度彼女の住所調べに区役所行こうと思うんだ」とか、そういったことを恥ずかしげもなく滔々と話すのである。僕はストーカー行為というのは、「未練」とか「嫉妬」といった類の感情によるものだと勝手に思っていたのだが、「ヒロイズム」とか「自己陶酔」といったものから来るものもあるということを発見するにいたった。要するに彼は自分のことを「愛の殉教者」と思っているのである。
 殉教者も犯罪も紙一重だよ、という人がいるかもしれないが、まあ僕は、好きな人に迷惑をかけるくらいだったら、どんなに苦しくても胸にしまっておく方がいいし、男らしいと思う。
僕も実は相当未練たらしい男である。だから、例えば福山雅治の「最愛」や、山崎まさよしの「One more time, One more chance」なんて詩は結構しみる。「もう恋人じゃなくなったけれども、せめて心のどこかでつながっていたい」という心情も、「向かいのホーム」から「旅先の店」まで、思わず別れた彼女を面影を追い求めてしまう心情も、まあよくわかる。「最愛」では死ぬ間際まで別れた相手の笑顔を思い浮かべると言っているし、「One more time, One more chance」という曲も「新聞の隅(の記事)」まで彼女を追い求める未練がましさである。でも、「男らしくきっぱり諦めろ」とか「女は星の数だけいる」と言われようが、時間でも消し去れない思いって、やっぱりある。そこでぐっと気持ちをしまっておくか、たかが外れて暴走するかで、「愛の殉教者」と「ストーカー」の違いが出るのだ思う。

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図書館から考える福岡行政

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年10月11日(月)07時05分10秒
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  大学時代は東京・文京区の本郷に住んでいた。さすがに文の京と名乗るだけあって、人口19万人の文京区に11の図書館があった。どの図書館も決して大きくはないが、ジャンルごとに一般的な書籍・雑誌はだいたいそろっていた。11館もあるから最寄りの図書館も歩いて通える距離で、僕も真砂中央図書館なんかには週に3,4日は通っていた。
一方今住んでいる人口146万人の福岡市には、図書館が2館しかない。しかもその2館も、東端の箱崎(県立図書館)と西端の百道浜(市総合図書館)にあるので非常に利用しづらい。僕は市総合図書館を使っているが、天神に出てさらにバスで高速道路を使って40分かけて通っている。交通費だけで1000円を超えるので馬鹿らしくてあまり行かない。市総合図書館はバブル絶頂期に開発した広大なウォーターフロント「シーサイドももち」の一画に造られただけあって、敷地面積約2万平方メートル、3階建ての巨大図書館であり、120万冊の蔵書を誇るだけでなく、映像ホールからなんとミニシアターまであって、毎日映画を上映している。日比谷の都立図書館なんて比じゃない。だからこそ、市民が利用しづらいのはまったく残念である。
いや、福岡市には分館図書館があるじゃないかといわれるかもしれない。しかし分館図書館は区に一つしかない上に、やっぱり分館に過ぎない。市の中心である中央区の唯一の図書館は「福岡市中央図書館」という立派な名前だが、実態は市民センターの一室に過ぎず、文庫や絵本のほかには単行本が申し訳程度に置いてあるだけである。
福岡市民は活字文化への理解がないなどと言っているのでは決してない。図書館をはじめ、どうにも福岡市行政は、インフラ整備や都市計画が杜撰なんじゃないかと思うのである。国体道路を車で走っていても、新しくできた地下鉄七隈線に乗っていても、シーサイドももちやマリノアシティ福岡、キャナルシティ博多などの再開発地を歩いていても、どうにも福岡って大丈夫?と思ってしまう。現在も博多駅周辺や福岡アイランドシティーなんて人工島まで開発しているが、市民の利益に浴する都市づくりを目指してもらいたいものである。
 

私は革命を信じない

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年10月10日(日)07時38分51秒
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  高校の頃、「オヤジになったらロックとか聴かなくなって、演歌でも聴き始めるのかなあ、感受性が衰えるのってやだなあ」と思っていたが、半分あたりで半分はずれ、確かに甘っちょろいラブソングや未成熟なロックなんかはあまり聴かなくなったが、代わりに西洋クラシック音楽を聴くようになった。高校の頃は音楽の時間にベートーヴェンの「田園」なんて聴いても「なんだこれ」くらいにしか思わなかったが、今はしっかり心に響く。クラシックを聴くようになったのはここ数年なのでまだ入門したばかりだが、ベートーヴェンの交響曲7番や第9、ブラームスの3番なんかから好きになって、それからチャイコフスキーの弦楽セレナーデやラフマニノフのピアノコンチェルト2番なんかのロマンチックでリリカルな曲を聴くようになった。今では「バロックってつまんないんじゃないの」と敬遠していたバッハ「マタイ受難曲」から、「前衛なんて俺には分からん」と思っていたシェーンベルク「月に憑かれたピエロ」、「誇大妄想は嫌いだ」と思っていたワグナー「トリスタンとイゾルデ」まで、ごめんなさい、僕の偏見でしたと頭を垂れて聴き入っている。ストラヴィンスキーの「春の祭典」なんて、ああ、こんなのありなんだと凝り固まっていた音楽観が氷解した思いだった。ロックなんかは好きなアルバムが限定されてしまうけれど、名盤といわれるクラシックの曲は、どれも受け入れてしまう。不思議だ。
そんな中でも、ショスタコーヴィッチの交響曲5番「革命」は、僕にとって大きな発見であった。不安な動機を振り回す第1楽章から栄光の賛歌に包まれる第4楽章まで、まるでベートーヴェンの5番と同じような構成だが、ベートーヴェンの5番よりもさらに情緒不安定で、ヒステリックで、感情のぶれが大きい。僕はハイティンク指揮盤を持っているのだが、youtubeでムラヴィンスキー指揮の演奏を聴いて、こんなに人の感情を振り回す演奏なんてありなのかと、ただただ驚いてしまった。
交響曲5番は「革命」は、当時のソ連政権に睨まれ作曲家生命、というより物理的生命の危機に瀕していたショスタコーヴィッチが、起死回生のために書いた交響曲である。ソヴィエト革命を題材としたプロパガンダ曲として捉えられ、実際ショスコーヴィッチ自身にも共産政権に対する恭順の意図もあったろう。
ところが一方で、この曲には「私は革命を信じない」といった隠されたメッセージがあるとする説もある。第4章の終末部で、実にA(ラ)の音が実に252回繰り返されているのだが、Aはロシア語で「私」を示唆するものであり、「カルメン」の「危ないよ」のフレーズを借りた第4章は「私は革命を信じない」というメッセージだというのである(亀山郁夫による)。僕は全くばかげた説だと思う。確かにショスタコーヴィッチは「Aの音は私だ」と言っている。そしてこの曲は「私の魂の叫びだ」とも言っている。だが、だからといって「革命を信じない」という、それこそ自身の政治的イデオロギーの表明に直結しているとは、安易すぎはしないだろうか。むしろそのような「勘ぐり」こそが、共産政権執行部が躍起になり、多くの芸術家を破滅に至らしめた思考なのではないだろうか。
ショスコーヴィッチが「Aの音は私だ」と言ったのも、5番が「私の魂の叫びだ」と言ったのも事実だろう。だからこそ僕は、これだけイデオロギーでがんじがらめになり、あらゆる制約が課された状況になっても、真の芸術家は「私」の芸術を表出できるのだという証左ととらえたい。
 

「オォ秀平」

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年10月 9日(土)07時14分30秒
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  歴代1位の7連覇などの偉業を遂げた希代の名横綱・朝青龍が10月4日、断髪式に臨み、土俵を去った。断髪式でも土俵にキスをするなど、最後まで空気の読めない力士だった。
土俵上でさがりを振り回したり、泥酔して部屋の玄関を破壊したり、夏巡業を休場しながら母国でサッカーをやったりしたことで「横綱の品格」が問われ、最後は泥酔暴行騒動の責任を取って引退したわけだが、数々の不祥事の中で忘れられがちであるが個人的に非常に問題だと感じたのは、元力士・舞の海秀平への態度である。現在はレポーターである舞の海に対して朝青龍は、「オォ秀平」と呼び捨て、「顔じゃないよ(分不相応だよ)」と切り捨てた。確かに舞の海の最高位は小結であり、位では横綱と比べるべくもないが、相撲界の先輩であることに変わりない。もしこれをプロ野球に比してみよう。取材に来た中畑清にイチローが「オォキヨシ」とか「顔じゃないよ」とか発言したらどうなるだろうか。イチローが積み上げてきた名誉も称賛もすべてけし飛び、のぼせ上った若者の象徴のようにバッシングを受けるだろう。ひょっとしたら引退後は球界からも放逐されるかもしれない。むしろ横綱を半ば神格化する大相撲の世界だからこそゴシップに済んだともいえ、朝青龍の先輩に対する態度は、他のスポーツ界では、いやスポーツ界だろうとビジネスの世界だろうと決して許される行為ではないのである。
世間では「横綱の品位」について議論されてきた。日本の国技としての在り方や外国人力士の在り方についても議論されてきた。しかし朝青龍には「横綱の品格」が欠けていたのではない。横綱も小結も、相撲界もビジネス界も、モンゴルも日本もない。「人間としての品格」が欠けていたのである。
 

君といるのはコリゴリ

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年10月 8日(金)08時51分23秒
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  桜井和寿(Mr.Children)の楽曲が好きだ。「innocent world」あたりまでは特になんとも思っていなかったが、「名もなき詩」が収録されたアルバム『深海』あたりから好きになって、今でも比較的最近の『しるし』まで結構良く聴く。
しかし好きなのは楽曲であって、歌詞は好きではない、というか「気になる」という言い方がいいかもしれない。桜井はせっかくメロディラインのきれいないい曲を作るのに、自分の人生哲学を織り交ぜた詞を載せる。それはそれでいいのだが、ちょっとそれが浅い気がする。デートクラブに通う女子高生を非難する「everybody goes ~秩序のない現代にドロップキック~」なんて象徴的で、現代社会に手するプロテストの割にはえらく表層的である。
人生哲学が浅いだけではなく、個人的に受け入れられない歌詞も多い。「成り行きまかせの恋に落ち時には誰かを傷つけたとしても、その度心痛める時代じゃねえ」(「名もなき詩」)なんて聴くと、「時代なんか関係なく成り行きで人を傷つけたりしちゃいけないんじゃねえ?」とか、「血生臭いニュースひとまず引出しにしまって、風のように川のように君と歩いていく」なんて聴くと、「血なまぐさい事件に蓋をして自分の幸せに浸ってる僕らが一番問題なんじゃねえ?」なんて、せっかくウォークマン聴きながらメロディに浸っている最中に思ってしまう。まあ、損な性格なんだけれどもね。
非常に韻を好むが、「幸せのカテゴリー」を「君といるのはコリゴリ」と踏んでしまったり、あんまり上手くない韻が多い。でもその中で「希望の数だけ失望は増える、それでも明日に胸は震える」(「くるみ」)「いろんな角度から君を見てきた、共に生きれない日が来たってどうせ愛してしまうと思うんだ」(しるし)など、僕も胸を震わせるいいフレーズも書ける。だからこそ、ちょっといろいろと気になってしまう。
 

福岡雑考(1)福岡は「正しい街」か

 投稿者:小山田啓二  投稿日:2010年10月 6日(水)09時24分25秒
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  今日から不定期で福岡についての考察をします

祖父江孝男『県民性』などによると、福岡県の県民性として、①全体的に明るく開放的で進取性がある、②中央への時代主義とその裏返しの対抗意識、③強固な閉ざされた団結性――などが挙げられているが、どれもまさに言い得て妙だと思う。②と③については負の意味で個人的に感じてきた。強烈な愛郷心と東京への対抗意識。福岡空港を降りるとまず地元企業の「福岡を褒められると、私が褒められているみたい」とのフレーズの大型サインが目につく。ちょっと古いCMだが、福岡天神新天町のフレーズはこうである。「若いころは東京に憧れていた。でも今は、福岡に残って本当に良かったと思う。私たちの町、新天町」。どんだけ東京意識してんだと呆れたものである。東京から来ましたというと、「ああ、あんた東京モンね」、「東京モンは冷たかもんね」と地元意識をむき出しにする。正直言って、東京から引っ越してきた当初は本当に居心地が悪かった
しかし福岡の「進取性」は誰もが認めるところである。80年代の松田聖子や00年代の浜崎あゆみなど、日本のファッションのカリスマの多くは福岡県出身である。音楽においても多くのアーティストが輩出したが、個人的に椎名林檎とナンバーガールという実力のあるロックアーティストが輩出されたことを特筆したい。
ところが、その椎名林檎でさえナンバーガールでさえ、時として強烈な愛郷心を露わにする。椎名林檎の「正しい街」なんかは象徴的である。上京した主人公は、東京は「冬のにおい」さえ「正しくな」く、東京には「ももち浜も室見川も」ない、と郷愁を吐露している。
福岡は「正しい街」だろうか。地元の人にとっては正しい街だろう。しかし他の地域からだけでなく、福岡の行政から市民が掲げる「東アジアの交流拠点」を目指すなら、福岡の方々にはもう少し開かれた柔軟性を持ってほしいと思う。
 

僕らの愛した90s

 投稿者:小山田啓二メール  投稿日:2010年 2月27日(土)04時45分30秒
返信・引用 編集済
  Being Boring (1990年、ペットショップボーイズ)




ペットショップボーイズがゲイの歌なのかはわからないけれど、僕の中高生時代はジュリア・フォーダムとか、なんか中性的な、「傷にならないもの」を選んで聴いてた気がする。というわけで1990年のアルバム「Behavior」も非常によく聴きました。
 

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